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おばあちゃんの話

10日、朝早く父方のおばあちゃんが亡くなりました。

過去にここにも書いたことがあったと思うのですが、4年ぐらい前から認知症が進んでおり一人暮らしが困難になってきていたため、父が心配して、おばあちゃんの家で一緒に住んでいました。

父と暮らし始めてから、おばあちゃんは安心してしまったのか、生活の細々としたことをすべて父に頼って、今までできていたこともだんだんできなくなり、病気が進行していきました。
父も介護者の会の集いに出たり、精一杯おばあちゃんを支えてきました。
なかなか難しいです…。

わたしも週に一度ぐらいおばあちゃんの顔を見に行ってましたが、しまいにはわたしの顔も名前も忘れていました。

おばあちゃんは車が好きなので、よくドライブに連れていってあげました。すごく喜んでくれて……
車中ではいつも歌を歌ってました。

一昨年の12月に、おばあちゃんが庭でつまづいて近くの大きい病院に運ばれたと連絡があり、母と一緒に急いで駆けつけました。
大腿骨を骨折していました。
病室に空きがないからと談話室みたいなところに寝かされていました。かわいそうだった。

うちから30分ぐらいで行ける病院に転院して、手術を受けました。
そこで3ヶ月お世話になった後、
リハビリのためにM病院に転院して、亡くなるまでずっとそこでお世話になりました。
M病院の皆さんにはほんとにお世話になりました。

10日は休みだったので、家族で出掛けようかなんて前日の夜にのんきに話してました。
おばあちゃんも変わりなく、前日もスタッフの方とお散歩したりお話してたみたいです。

2時の回診でも変わりなかったそうです。よく眠っていた。
4時の回診の時に、脱糞していたので、処置してくださり、そのあと容体が急変したそうです。
朝6時に父が病院に駆けつけ、わたしも7時過ぎに起きて行きました。

慢性心不全でした。

おばあちゃんは、とても正直でまっすぐな人でした。
人に言えない苦労もたくさんあったと思います。
働き者で、70を過ぎてからも工場にパートに行って、帰ったら畑の手入れしたり、まめな人でした。
猫が好きで、近所の子どもたちから「ネコのおばあちゃん」って呼ばれてたらしい

10日はお通夜でした。
11日のお葬式にはわたしは仕事で行けなくて、通勤電車の中で涙してしまいました。
通夜で、おばあちゃんに、「明日は来ることができないけど、がんばって働いてくるからね」「ありがとう」「さようなら」と祈りました。

見てて不思議だったのは、湯灌してもらったり、きれいな着物を着せてもらったりしたら、おばあちゃんの表情がだんだんうれしそうな表情に変わってきたこと。
わたしが「にこにこしてるように見えない?」って聞いたら母も「そう思う、うれしそうやね」って。
ご会葬に来て下さった皆さんも、「こんなに穏やかな死に顔、見たことない」「きれいな顔してる」って言ってくださいました。
ほんと、今にも起きてきそうな感じ。眠ってるみたいな顔でした。

葬儀会場の皆さんにもお世話になりました。
司会をしてくださった女性も、親身になって話を聞いてくださいました。
生前おばあちゃんが好きだった歌をCDに焼いて、11日の朝、母に渡したら、葬儀でかけてくれたそうです。

おばあちゃん、ほんとに歌が好きだったもんねぇ……

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2011-11-21 Mon 15:53 ∧top | under∨

おばあちゃんのこと

今日は、わたしのおばあちゃんの話を書きます。

母方のおばあちゃん。

わたしが3歳の時に亡くなってしまっていて、ほとんど憶えていません。

ただ、すごく優しくて、わたしのことをかわいがってくれてたっていうのは、母から聞いて知っています。
おばあちゃんに抱っこされてる写真や、
おばあちゃんが作ってくれた七五三の着物は宝物です。

働き者で、朝早くから夜遅くまで働いて家計を支えていたそうです。
頭が良くて、文才があり(なぜ作家にならなかったのかと思うほど)、有名な作家とも親交があったらしいです。

苦労の連続の人生だったと思います。戦争もあったしね…

おばあちゃんっていうと、着物を着て、割烹着を着てる姿が頭に浮かびます。
写真で見るおばあちゃんは大体全部着物です。
サザエさんのフネさんみたいな感じだね。

もし、今、おばあちゃんが生きてたら……って、子どもの頃からよく思いました。

おばあちゃんといろんな話がしたかった。

小学校の入学式、成人式、結婚式(まだだけど)、おばあちゃんが生きてたらどんなに喜んでくれただろう……。
ドラえもんの「おばあちゃんの思い出」じゃないけど タイムマシンで会いに行けたらどんなにいいだろう……。

おばあちゃんのお葬式の時、わたしはまだ3つだったから「死」というものが理解できなくて、
部屋で横たわっているおばあちゃんの遺体の横で、母に
「ばあちゃんなんでねんねしてるの?」って聞いたそうです。
自分はそれすら憶えていないのですが。

小さい時、母が、「おばあちゃんはお星さまになったんだよ」って言っていました。

「どれ?どの星がおばあちゃん?」って、空に向かって探してました。
「あの一番キラキラしてる星かな?」って母と指さしながら話したこともあったなぁ。

反抗期に、悪いことをしたとき(親に口答えした時とか学校をさぼった時とか)、空に向かって謝ってましたね
「ばあちゃんごめんなさい!!><。」ってw

わたしのおばあちゃんはいつまでも胸の中で生き続けてるんです。


(ちなみに父方母方ともおじいちゃんはわたしが生まれる前に亡くなっているので、おじいちゃんとの思い出が皆無なんです。
おじいちゃんってどんな感じなんだろう…?
まる子とか見てると、おじいちゃんと仲良しでうらやましいですw)
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2011-11-21 Mon 15:49 ∧top | under∨

お母さんの味

今日は母の日ですね。
わたしは特にプレゼントは買いませんでしたが、一緒に近場の温泉に行く予定です。(風邪ひいたので、治ってから 笑)
去年は一緒に北海道に行って楽しかったなー。
物より、思い出。ってコマーシャルがあったけど、ほんにとそうだと思った!(●'ー'●)

プレゼント、何にしようかなーって考えてたとき、チョコレートのコマーシャルで、香取慎吾さんが板チョコをお母さんにプレゼントするっていうのを見たの。
これ→明治ミルクチョコレートCM
わたしが見たのはこの15秒のほうだったんだけど、はじめて見た時は「板チョコ一枚て!!(笑)」って思った。
でも、気持ちが大切ですよね。金額じゃなくてね。
ミルクチョコレートCMギャラリーでよく見てみたらカーネーションも手に持ってるね。
夕焼けの色とか、香取さんの表情がなんかいい。ほんわかした気分になる。(´ー`)

今日は「大好きなお母さんの手作り料理」というテーマにトラバしてみます。
わたしの母は、料理上手ですよぉ♪
それに、素早いです。手際よくチャッチャと作る。
わたしも大人になって自分で料理するようになって、毎日家族のためにご飯の支度をするのは大変なんだなーと思いました。
献立を考えるのがねぇ。何にしようかなって毎日悩みますね。
独身だから今は自分の好きなものを食べてればいいけど、結婚したらそうはいかない。
毎日、だんなさんと我が子においしいご飯を食べてもらいたいと思うけど、同じようなメニューばっかりだと飽きるし、バリエーション豊かにしたいし、栄養のバランスも考えなくちゃいけないし、お母さんって大変なんですねー。
改めて、お母さんありがとう。(●^ー^●)
母の手料理で好きなのは、かぼちゃの煮つけ。いもの煮っ転がし。肉じゃが。
gooランキングを見ていても、煮物が多いですね。





最近忙しくて母の手料理食べてないから、久しぶりに母の作ったご飯が食べたくなりました☆
これも、母がそばにいてくれるからできることです。ありがたいと思います。(●^ー^●)

第269回「大好きなお母さんの手作り料理」


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2007-05-13 Sun 12:45 ∧top | under∨

忘れてしまうということ。その3

一昨日書いた「忘れてしまうということ。その2」の続きなんだけどもね
映画の感想ね

忘れてしまうほうの立場でずっと考えてたけど、
忘れられるほうの立場でちょっと考えてみたのね。

もし、家族がそういう病気になったらどうするか考えたわけ

でね
思ったんだけど

どんな状態になっても、生きててくれるだけでいい

と思った。


たいせつだから。


去年、わたしの父が脳梗塞で倒れて、
すっごい怖かったの。
お父さんがいなくなるかもしれないってこととか
いろんなことを考えたわけ

後遺症が残って たとえば、
わたしたち家族のこともわかんなくなったりするかもとか
いろいろと考えたのね

幸い、父の場合は意識がはっきりしてて、
リハビリの甲斐もあって歩けるようにもなって、
わたしは今すごくうれしいんだ。

生きててくれてよかったって心から思うの。

母のこともそう。
うちはいろいろと問題の多い家庭だったけどもね
今までのことは全部許すから生きててよって思う。

たとえ どんな状態でも、生きててくれるだけでいい。
この先、何があるかわからないけど、生きててほしい。

そう思ったよ。


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2007-02-11 Sun 06:54 ∧top | under∨

忘れてしまうということ。

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2007-02-09 Fri 08:38 ∧top | under∨

「コケコッコになるんやで?」

わたしが6つぐらいの頃。
近所のスーパーマーケットにおつかいに行ったの。
そしたら、スーパーにひよこがいたん。
箱の中にいっぱい、ピヨピヨいたのね。
わたしは、動物が好きやから、「うわぁ、かわいいなぁ。」って思って、箱を覗き込んで見てたら、お店のおじちゃんがきて、
「欲しいか?ほな、一匹あげよう。
って言って わたしにくれてん。
わたしはすごくうれしくて、「おっちゃん、ありがとー!!」って言って、ピヨピヨ、抱きかかえて家に持って帰ったのね。
急いで家に帰って、お母さんにピヨピヨ見せてん。
「おかーさーん、スーパーでひよこさんもろたー」って。

そのときのお母さんの一言が忘れられへん。

「ひとみちゃん。。ピヨピヨ、今はひよこさんやけど、
コケコッコになるねんで?
……返してき。」

わたし 知らなかったのよ。
ひよこさんがコケコッコになるということを。

おたまじゃくしがカエルになるっていう事実を知ったとき以上にびっくりしたわ。

庭のない我が家ではコケコッコは無理やね。

そのあと、わたしはしょんぼりしながらピヨピヨ返しに行きました。

(でもなんであのとき、スーパーでヒヨコくれはったんやろ。今考えてみると不思議です。)


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2007-01-10 Wed 04:07 ∧top | under∨

糖尿病食

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2006-10-16 Mon 19:19 ∧top | under∨

ゆっくりでも、前に進んでいく。

昨夜の月は、本当に美しかった。
ミードの双眼鏡で見たんだけど、月の模様まではっきり見えた。
部分月食は、見られなかった。おかしいなぁ。がんばって四時まで起きてたのに。σ(^-^;)

眠くて眠くて、月を見ながら、いつのまにか寝てたみたい。
窓を開けたまま寝ちゃって、もちろん網戸は閉めてたけど、チャコロンが網戸を開けて外に出ようとして、その音で気がついて、チャコロン捕まえて、窓を閉めて、抱っこして、そのまま寝たらしい。覚えていない。
朝起きたら、猫を抱っこしてた。
最近はわたしの横にくっついて寝てる。
かわいい。

チャコロンを抱っこして寝ると、暖かくて安心するのよね(笑)。
チャコロンぬくたい。ぬくい。ぬくぬく。(^ー^)

今日も月がきれい。
寝る前にちょっと見ようかな。(^ー^)

流れ星をみつけたら、「お父さんを助けてください」ってお祈りすると思う。
わたし、流れ星って見たことないんだ。
願いのピノは一回だけ見たけど(笑)。アイスが星の形したやつ。

夜、父のところから帰るとき、車から見た月が美しくて、思わず写真に撮った。
助手席でよかった。運転してたら撮れないから。

20060910012931.jpg 20060910012943.jpg
写真に撮るとね、月がグリーンなの。おかしいなぁ。
まぶしすぎて、そういう色に映ったのかな。


父は、昨日よりも元気そうだった。安心した。
自分でフォークを持ってご飯を食べていたし、しゃべり難そうだったけど昨日よりはだいぶ良いみたい。
朝は落ち込んでたみたいだけど、わたしの顔を見たら「よくきてくれたね」って喜んでくれた。
きっと明日はもっと元気になってるよ。
あさってはもっと元気だよ。その次はもっともっと元気になれるよ。

ゆっくりでいいんだよ。前に進んでいこうね。

って、明日会ったら言ってあげるつもり。


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2006-09-10 Sun 01:27 ∧top | under∨

脳梗塞の後遺症

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2006-09-08 Fri 21:11 ∧top | under∨

papa

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2006-09-08 Fri 03:22 ∧top | under∨
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